サルタンバンクのピカソ―男の胸像
サルタンバンクと言われなければ、哲学者の肖像と思ったかもしれません。まだ無名の、貧しいパリの画家であったピカソ24歳頃の作品です。キュビズムの発明はもう少し後のこと。
パリで親友を亡くした苦しみを青色に託した「青の時代」の感傷的で沈鬱な想いからゆっくり起きあがるような、違う世界を手探りで探しはじめ確かな手応えを掴んだようなシリーズです。この次の作品からピカソは「薔薇色の時代」に歩み出します。描かれているのはサルタンバンクの家族や少年少女たち。そこから見ても、この版画作品が新しい境地にむかうピカソの重要なシリーズであることは間違いないでしょう。
青色から薔薇色へ、次の一歩への時間。
芸術的に評価の高い青の時代。この時代はピカソ19歳の時に親友の自殺がきっかけであったと言われています。娼婦や極貧の人など社会の底辺を生きる人々と自分の苦しみを寄り添わせるような作品群です。その終盤に描いたのが旅芸人のサルタンバンクです。社会からの孤立、旅という住処の孤独、貧困、それらの環境がうみだした孤高ともいえる精神のありようを表現しています。この版画の哲学者のような眼差しが何を語ろうとしているのか、それは鑑賞する私たちに託された宿題でしょう。
次の薔薇色の時代(Rose Period)の「薔薇色」は、純粋に色の名前です。薔薇色の人生といった比喩ではありません。ピカソが恋人と出会い明るい色調で描かれるサルタンバンクたち。その前に、ゆっくり心を整え準備をするような時間に描かれた版画作品です。
Peintre-Graveur. 画家にして版画家。ピカソの版画の出発点です。
生涯10万点もの作品を残したピカソ。その最初の本格的な版画作品がサルタンバンクシリーズです。ここから版画家としての道を踏み出す、その意味でも重要で貴重なシリーズとして評価されています。
男の胸像は銅板に細いニードルという道具で直接彫りあげるドライポイントという手法で制作されています。エッチングとは違い、手応えを確かめながら彫りこんでいく細く繊細な線はピカソの描写力をより際立たせているようです。
このシリーズは版画全15点、当初刷られたのは30部程度。ただその時はほとんど売れず、1913年に画商ヴォラールによって250部の限定版として刷られました(原版の1点は破損が激しく全14点)。8年ほどの時をへて、甦ったサルタンバンクシリーズ。もしかしたら歴史の中に埋もれていたかもしれない作品、そう思うと名作というだけではない愛おしさが湧き上がってくるようです。
Pablo Picasso
La suite des Saltimbanques 「Buste d’Homme」
B.4/G.5.b2 1905年/1913年刷り ドライポイント Ed.250
12cm×9.3cm /版上サイン シートサイズ50.7cm×33.2cm
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働くアンティーク。